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今夜の番組チェック

I stand alone in NZUpdate:2/Jan/05 

I stand alone in New Zealand

29/07/04 複雑・・・

 親もいるので、家事手伝いの身に甘えつつ、職探し。早速いい仕事を見つけて、応募。一次面接&テスト、二次面接、まさかの三次面接をうけ・・・連絡を待ち・・・ないじゃん!電話するっていってたのに!だから日本はキライだぁ。家にいると、親の小言がうるさいし・・・の一心でバイトをみつけ、応募。昨日またテストに面接。やっぱり、面接は好感触なんだけど、テストがねぇ・・・また電話で一週間以内に返事、電話がなければゴメンナサイといわれただけ、今回は良心的だ。と思ったら、今日もう返事が来て、明日研修。さよなら、プータロー。
 突然終わりをつげたプータロー生活。いきなりかい。これじゃ、やらなきゃいけないことをとっとと仕上げなきゃって。それで最初にやったのが、ゲームのクリア。なんか一ヶ月これで終わったよなぁ。そして、これ。
 図書館通ったり、ゲームやったり、友達とプールいったり、コンタクトつくったり、それなり。心で密かに7月中に仕事決める、っていうのもぎりぎりで達成できたし。
 もうありえない暑さでうでうでしてたけど、8月から気分が切り替わりそう。でも、今回はやってみようとはおもってたけど、やりたい仕事ではない。つまり、将来を考えて、いま経験しておけばいいかな、っていう。仕事内容に惹かれたものではない。そういう考え方をするようになったのがちょっと悲しい。でも、これから日本で過ごすことを考えると、やっぱり、先のことを考えてしまう。
 NZはたのしかったけど、その場暮らしみたいなところも大きかった。NZに3年いても、やりたいことにつっぱしることはできない。というか、3年がたって、考え方が変わった。
 つっぱしることも必要。でも、その前にやらなきゃいけないことをやらなきゃ。準備をしなきゃ。ただ、タイミングというものが重要なのも知っている。どっちがかけてもうまくいかない。そのタイミングが来ることを祈りつつ、準備をしていこう。先立つものはお金。たかがお金、されどお金。重要なものはお金で買えないけど、お金がなければ、生活が成り立たない。オトナになったといえば、聞こえはいいけど、逃げっぽくも思えてちょっと自己嫌悪。それじゃ、あまりにも悲しいから、ちょっとづつ、小さい目標をつくっていきたいなと思う今日この頃。

10/07/04 帰ってきちゃった・・・

 NZをたって、早3週間。フィジーはとっても楽しかった。
でも、フィジーどころか、3年過ごしたNZは夢?と疑うくらい遠く感じる。
だから、いいわけかもしれなかったけど、ぼーっとしてしまって、ここで日本に帰ってきたってかいてしまったら、もう本当に遠い思いでのような気がして、なかなか更新する気になれなかった。
 でも、やってみたいな、と思う仕事が運良く見つかり、2次面接までこぎつけた。結果待ち。やっと、前向きに日本で過ごせるようになった、かな?
 だから、これからも、NZからではないけど、私が過ごして感じたことをつづっていくことで、次の人につながったらいいな、って本当に思う。
 やっと、今日、雨がふって涼しくなった。ホンマに梅雨なのか、と思うような日が続いてる。昨日なんて35度。ありえん。ますますNZが恋しくなる。
 それから、NZの上司がたまたま日本にきていて、連絡をくれたので、はじめて、昨日差しでお酒を飲んだ。本当に楽しかったのもあるけど、それ以上に、もうNZのあの暮らしに戻れないって見送るときに思った。NZにいくのは、お金とひまさえあればなんとかなるけど、すごく恵まれた、暖かい人たちとの時間は帰ってこないんだなぁって。
 でも、チャットで、NZにいる友達も、NZで一緒だった友達とも話せる。いまの時代に感謝しつつ、前を向いて歩いていこう。せっかく、髪もきったことだし、気分を軽くして、がんばりますか。

17/06/04 Thu I'll be back!

 ついにこの日がやってきてしまった。フィジーでストップオーバーして寄り道してから帰るので、きっと楽しみになるだろうと思いつつ、全然下調べなんてしなかった。フィジーにいったら、きっと楽しいと思うけど、今はそれ以上にこのNZをついに離れるのかぁ、っていう思いの方が強い。
 2週間、かなり余裕があるだろうと思ったけど大間違いだった。引っ越しなんてしたことがない私は、3年間のたまりにたまったものを処分するというのに時間がかかった。だって、なんでもため込んじゃう癖があるから、もったいないなぁ、って。送ればいいや、って思ったけど、いざ送ろうとすると、そのお金がもったいなくなって・・・。結局10kg送って、あとはスーツケースや手持ち。超過料金とられないかなぁ・・・ドキドキ。
それから、いろんな人が、お茶しよう、っていってくれたり、ごはん誘ってくれたり。ものすごくうれしかった。
 3年間で得たもの。友人。感謝する気持ち。やったことないことも、やってみようと思う気持ち、天気がいいときに仕事やドライブにいくといいところだなぁと実感する気持ち、などなど。仕事でも得るものが多かった。未経験ながらも、いろんな体験をさせてくれた。仕事内容もさることながら、常にいいこともわるいことも考えさせられた。3年間、はじめて親元を離れてきたけど、なんとか、みんなに助けてもらいながら、決していいことばかりじゃなかったけど、やってこれた。
 英語は、きたときに比べたら、やっぱり、できてるけど、3年いてこれかい!って思うので、日本ではなんとかして続けていこうと思う。でも、しばらくは学校にいかないと思う。家でできることが結構あるから、それから余裕ができたらいってみたい。お金をかけるとうまくいくような錯覚をする日本だけど、NZではお金をかけずにどうするかを考えられたから、うまく節約が楽しめそうな気がする。
 日本に帰ったら何するの?っていわれたけど、とりあえず、資金集めだな。実家に戻るのも甘えなのはわかってるけど、家族とその分話す時間を増やせると思えばいいかな。外にでたらいくらお金がかかるかわからないし、ケチにはなりたくないから、使うときはちゃんとつかって、そのほかはおうちで自分を磨く時間をつくりたい。
 日本語教師の勉強をすることと、それから、お金を貯めたい。きっと、私もまた外に飛び出したいと思うから、そのときいつでもやりたいことができるように。
 日本での生活はそれなりに楽しいと思う。日本であっていない友達に会えるし、家族もいるし、お店もいっぱいだから刺激的だと思うし。そんななかで、やっぱり、NZにまた戻ってきたいと思えたら、難しいけど就職活動をするつもりだ。
 昨日ボスからやり残したことは?って聞かれた。いろいろある。旅行もいってないところもあるし、そんなこと考えていたらきりがない。でも、それは次の楽しみにとっておこう。きっと、どういう形であれ、私はここに戻ってくると思うから。

01/06/04 Tue 本当に後悔しない?

 なんとかオフィスも一ヶ月つとめ終わり、無事3年間のおつとめをはたした。最後にエージェントに挨拶にいったりすると、最初気後れしていけなかった場所で、すごいなぁ、と思っていたお世話になった方々にいつでも戻っておいで、といってもらえるのは、社交辞令かもしれないけど、嬉しかった。
 一週間、語学学校に通った。確かに、相場からすると安かったし、文法も難しかったけど、語学学校に疑問に思ってしまったこと、1日ずる休みして気が抜けたのに加えて、翌日1日だけガイドに戻ったのとで、結局、続けるのをやめた。
 その1日ガイドは最初嫌々だったけど、いってよかった。おなじみのドライバーさんと空いてる時間にたくさん話して、ワイトモとロトルアガイドできたし、至る所で、ひさしぶり、と話をできる人にあえたし。何しろ、お客さんに、楽しかった、っていってもらえた。やっぱり、ガイドが好きだったんだ、って思った。ひょんなことでガイドとして仕事納めできてホントによかった。
 帰国間際になって、大事な人ができた。帰国便のチケットを捨てて、オーストラリアにいって、ビジターを取り直して、私と一緒に帰ることになった。ニュージーランドにはじめて来る時、一緒に帰る人と将来一緒にいるだろうなぁ、と漠然と思ったんだけど、その対象だった人は、去年突然メールで私に別れを告げた。帰ってきても、気持ちが戻るかは分からないといわれ、どっちもなくすのがイヤで、NZで仕事することを選んだ。仕事が忙しいからあまり考えないですんだけど、へこんだのにはかわりない。やっと、一人が楽しいと思い始めたところに、飛び込んできてくれた人がいた。その人と一緒に日本に帰る。これからもずっと一緒にいれたらいいな、とまだつきあい始めてまもないものの思うのだけど、先のことはわからないから、そのときそのときを大事にしたいと思う。
 最近、口々に聞かれるのは、「何で帰るの?」
 ビザがきれるし、そのままいても、ずるずるといちゃうだけで、特別目標もないから、いったん日本に帰ります、と答えている。日本に帰っていたら、と後悔して、こっちで働くよりも、日本にいったん帰ってから、やっぱりニュージーランドで働きたいと思ったときに、自分なりにまた戻ってくる努力をしたほうがいいとおもうから。不規則な生活に疲れたから。日本語教師になりたいから。家族が心配だから。そして、今は大事な人ができたから。
 でも、そんな大事な人が、「日本に帰るのは本当に後悔しない?」って突然聞いてきた。本当に突然でびっくりして、また別の時に話そう、っていったけど、やっぱり、理由をつけて、自分に帰らなきゃって言い聞かせているように見えるのかな。
 どれが本当かわからない。でも、やってみないとわからないから、日本に帰ってみようと思う。一度の選択を悔やむこともあるけど、本当にやりたかったら、なんとかするはずだ。3年前、海外なんてムリ、って思ってた自分が、3年も住むことができたんだから。

 なんだかんだいっても、ニュージーランドが好き。でも、いったん帰ることを決めたんだから、残り2週間を有意義に使わなくちゃ。昨日から、お散歩するようになった。今日はランニング。明日は友人とランチするのに、シティまで歩いていこうかと思う。英語の勉強も、HPもがんばらなきゃ。
 掲示板でかきこみをくれたGohanさんや、のりこさん、彼女の友達ともお茶をした。日本に帰っても、ニュージーランドに興味がある人に、ニュージーランドってこんなところ、って伝えたい。そのために、残り少なくても情報収集がんばります。

24/04/04 Sat 前に進まなきゃ

 ずっと更新できなかった。しなきゃ、しなきゃでまた元通りになってしまった。ようやく土日時間ができて、今日明日で一ヶ月分まとめてやりたいけど、その前にこの先どうなるか考えなくっちゃ。
 思えば、3月は瞬く間にすぎていき、4月は学校の下調べや仕事、そして、念願の自分でマイカーを運転して、NZを回るという3年ごしの目標を達成した。でも、その前にプライベートで悩む出来事が発生。今は、時間がたてば解決してくれるかもしれないと思い、考え込んでも無駄だから、そのときそのときの自分の思いを尊重しようという結論に至った。面白いのは友達の意見。ほんと、みんな考え方が違って、こんなに違う物なのかぁと妙に思ってしまった。
 昨日また二日酔いで、仕事が午後からなのもあって、一回目覚ましをとめて爆睡してしまった。会社に行ったら、5月前後に2週間ほど、またオフィスの留守番をすることになっていたんだけど、それが気がついたら一ヶ月になっていた!ずっと前から希望を伝えていた。急にラウンドにいったのも、早く休みをボスにとってもらって、一ヶ月語学学校にいかせてもらって、そのまま帰国、というプランをずっとずっと前から伝えていたのに。本当にショックだった。頼られるのはうれしいけど、ガイドやりたくって会社にはいって、いきなりデスクでガイドとして認めてもらうのに他の人より相当時間がかかって、最後の最後でまたオフィス、っていうのが納得行かない。誰よりも私の気持ちをしってくれているというボスの仕打ち。最初から学校をきめておけばよかった。私が押し切られると弱いこと、相手が決まってから行動しようと思ってた自分がまずかった。ものすごくお世話になったし、すごいプレッシャーの仕事をずっとやり続けて、ひょんなことで私が留守番くらいできることがわかって、やっと休みがとれるようになったマネージャーのことを思うと、喜んでいかせてあげたい。でも、よりによって、こんなときじゃなくったって、いいじゃないか!3月に仕事やめたいといわれて、5月までのばされてそれかい!うーん、かいててふつふつ怒りがわいてきてしまった・・・。またみんながガイドで楽しんで帰ってくるところを指をくわえてみて、相手に詰め込みすぎればつかれさせたのは自分だと勝手に自分を追い込んで、仕事があげれなかったら、のんきに座っている私は給料もらえるし、悪いなぁ、と思ってしまうし。それが最後だなんて、あんまりだ。予定通り2週間できりあげてもらったら、短いワイトモ1日観光とかさせてもらえれば、気持ちよく卒業できるのに。5月末じゃそんな仕事はまずこない。6月に修学旅行がくるから、やれば、といわれたけど、それじゃ、学校をあきらめなきゃいけない。ガイドをやめたいと思う反面、ガイドでおわりたいと思う私ってなんか変だけど、考えなきゃ。
 とにかく、自分の意見をもったモノ勝ち!今日はきりのいいところまで更新したら、今後のプランを考えよっと。イメージを具体的にしたものが成功するからね。小説も読みたいし、せっかく大学本屋でみつけたTOEICの本も手に入れたことですし、残りすくないNZ生活を思いっきりたのしまなくっちゃね。

22/03/04 Mon. Final&Start

 ごはんをつくるひまもなければ、スーパーにいく時間もなく、パソコンはメールチェックやカキコのレスで精一杯。冷蔵庫にはいつからあったかわからない野菜がのこっていて・・・1日から4日までダニーデンに旅行にいったしわ寄せかなんなのかわからないけど、コーディネーターに慣れた身体に休みなしのガイド業は意外とつらかった・・・。休みがないってほんとにつらい。コーディネーターもそうだったけど、まだ、朝そんなに早起きじゃなかったし。コミュニティの英語も結局4回も休んでしまった。
 つっぱしって、そして、やっと、添乗員なし、やりがいがあって、自分で好き勝手できる、そのぶん何かあったら自分で責任をとらなくてはいけない21人のお客様のツアーがやってきた。ロトルアに泊まるのも、自分好みの仕事ができるのもきっとこれで最後だろう。しっかりコメンタリーも筋道たててやりたかったけど、勉強がおいつかなくて、結局いつもどおり、お客さんの反応を見ながらやることにした。
 幸い、お天気もめぐまれ、それ、セクハラ発言じゃん!とつっこみをいれたくなるようなおじさんも、ほかの人もみんないい人で、めちゃくちゃ楽しんだ。初日、ロトルアで母親より少し年齢が上のおばさま二人にすごく誘われたので、一緒にプライベートスパでほんとの裸のおつきあいをした。サザンクロスもきれいにみれてものすごく気持ちよかったり、最終日のセイリングも食事もセイリングもたのしくて、ほんと苦労知らずでガイドってやっぱり楽しいな、って思ったりした。
 そんなおきゃくさんの送りだった。朝4時におきて、20分に家を出て、ホテルで迎えて空港まで。そのあと、会社にいって、レポートやらなんなりやって、いったん帰って、少しのんびりして、学校へいった。もうないだろうと思ったスクールコーディネーターも指名をもらったのもあって、10日間やることになった。はじめての中学生、しかも女子校で、予想通りの展開だったけど、まぁ、悪い子もいなさそう。むしろ9年もイギリスにいた引率の女の先生と10日間生徒よりも長い時間をすごさなければいけないのがなんともプレッシャー。もうどうしようもないから、ひらきなおるしかないけど。
 仕事が終わって、生徒達に電話を入れて、我ながらがんばってるなぁ、と思いながらもヒップホップのクラスにでた。今日は他に二人しかいなかった。めっちゃ楽しんだ。
 意外と明日からも楽かもしれないし、なにより、もうないだろうと思っていた仕事をやってるっていうのは不思議な感じがした。
 前の学校の生徒達がいまだにメールをくれる。返してあげたいけど、まずは眠らなきゃ・・・。それから、今日空港からの帰り道、前の彼氏をふと思い出した。最近小説に読むのにこってて、今日読み終わった小説とだぶっていたかもしれない。なんとなく、英語でメールしてみた。たぶん返事はこないだろう。思えば、半年たって、ようやく足がついたような気がする。
 ダンスから帰ってきたら、フラットメイトがりんごや、夕飯の残りをくれた。やっぱり辛かったけど、それなりにおいしかった。また 別のフラットメイトとも話をしたし、充実した1日だったな。でも、もうまぶたが思い。別のページは近々とりあげなくちゃ・・・。

27/02/04 Fri. See you again!

 いよいよお別れの朝だ。もうすでに何人か来ていて、一人のホストマザーは出発まであと一時間もあるのに、今日は休みだからちゃんと見送ると寒い中ずっと一緒にいてくれた。荷物がとんでもなく重い。あーあ、ガイド(うちの同僚)におこられるぅ、と思ったけど、最後までできるだけ、生徒と話す。ホストマザーのひとりが、小さいkiwiのアクセサリーをみんなの分くれた。私もちゃっかりもらった。そして、ホテルにいくから、といって、生徒が現地校からバスにのっていくのを見送った。一生懸命ホストファミリーに手を振っている。きっと、彼らにとって、ものすごく大きい一ヶ月だったと思う。さて、車に乗って追跡、と思ったところに、電話があって、午後から働けという。せっかく史ちゃんと打ち上げして、生徒ともちょっとお話してからお別れしようと思ってたのに・・・どうしてもだめそうなのでやることにした。ホテルについたとき、ちょうどもう一組の方が到着して、大混雑の中再会を喜び合った。別の学校の生徒にもひとりづつ声をかけたかったけど、もう次の行程にいかないと間に合わないみたいで・・・全員に声をかけることもできなかった。二人の生徒が私の好きなジェットコースターロマンスと君をさがしてた、を歌ってくれたけど、それも途中でやめざるをえなかった。ちゃんとお別れできなかったけど、この方がよかったのかもしれない。私はこの仕事を忘れない。一回目の学校ももちろん大切だったけど、この二ヶ月はものすごく自分にとって大きかった。途中で、あの人にあっていなかったら、ここまで大きい充実感はなかったと思う。ポジティブに考えるということを思い出してから、毎日が楽しかった。何が大事かがわかった気がした。ものすごくショックだったから、仕事を逃げたいと思ったのもあったけど、生徒の笑顔が私を支えてくれた。その後、仕事で、いっきに現実に帰ってきたけど、不思議とこれからもついてるんだ、って思えた。これからも、ずっとこの気持ちを忘れないで、生徒達にもあの人にも私の成長をみてもらいたいと思った。もう2度と会えないかもしれない。でも、私はものすごく会いたい。きっと、会える。なぜか、そう信じている。

26/02/04 Thu. You' re the special of only one!

 午前中は最後の英語の授業。昨日息子の急病で休んだJanも学校にきて、生徒はものすごく喜んだ。テストをやってもらって(Janはぶーぶーいってたけど。私も思うけど、一応学校のプログラムだから)2ヶ月の英語研修は終わり。午後からはフェアウェルの準備。その前に、私のカメラでみんなで記念撮影。これは、私の部屋にはるんだっていったら、みんながいっせいにまぬけなアクションをとりはじめた。(笑)練習の間に、リーダーの女の子と花束を一緒に買いにつきあったときに、母校のコーディネーターをやりたい!ってきいたとき、ものすごくうれしかった。ちゃんと私の経歴を話すことはできなかったけれど、きっと彼女ならできる。まだまだ未知数だけど、私が担当した生徒みんなは本当にがんばっていけると信じている。
 本番はあっという間にやってきた。ホールは結局ぎりぎりまでつかえず、ちゃんとホールでリハもできなかったけど、みんなうれしそうに現地校の証書をもらっていた。生徒の修了証書授与のあと、なんと、私にも学校側から、Wonderful coodinatorというサーティフィケートをいただいた。今の私にこの上ないプレゼントだった。みんなでとった写真もひきのばしてくれてプレゼントしてくれて、ものすごくうれしかった。
 そのあと、いよいよ、出し物の時間。何十回とみてきた私でさえ、ものすごく楽しんだ。始まりのスピーチから、演劇に、歌大好き3人組の夜空のムコウ、超キュートなチアガール。歓談の時間には、ホストファミリーが私に声をかけてきて、あなたの生徒はほんとうにいい子だわ、と話してくれた。そのあといよいよソーラン節。足が痛いけど絶対いいものつくりたい、といっていた子、熱なのに放課後練習したいがために、学校に来た子、ホストファミリーに遠慮して練習時間がとれないからといって参加しないと一度はいった子もあとから猛練習して・・・20人が力を出し切った。準備が間に合わないところはアドリブでうまくつないだし、とっさのハカで女子の着替え時間をカバーしたり。オブラディオブラダは元気よく歌って、先生へのスピーチをして、最後に、世界でひとつだけの花を歌ったときには生徒は涙でぐしゅぐしゅだった。一番は日本語で、そのあと、生徒が自分たちで訳してみたものだ。私も写真をとりながら、一緒にうたっていた。You don't have to be the no.1 you're the special of the only one!
 一通り終わった。しかも時間通り。なんて子達なんだろう。とびっきりほめてあげようとおもったら、壇上に呼ばれて、カードとプレゼントをもらった。もうなんていっていいかわからない。そんな私に非情にもマイクを・・・最初の一言は、" I never cry!" っていったのを覚えている。学校関係者、ホストファミリー、バディと100人の中でお礼の言葉をつたない英語で一生懸命伝えた。最後に、"Can I speak Japanese?"といって笑いがおこった。そのまま英語で生徒に話してもよかったけど、気持ちを表す英語まではいまの私にはムリだったので、生徒には、ホストファミリーには悪いけど、マイクをつかわずに、日本語で話した。きっと明日はどたばたして、これが最後のみんなへの言葉になると思ったから。
 私がこの国に来て、自分で気づいたこと、あらゆることに、人にいつも感謝の気持ちを、思いやりをしめすこと。ごめんね、っていうより、ありがとう、っていえるように。いいことも、悪いことも、自分には貴重な経験で、同じプログラムに参加してもらったけど、一人一人が違うものだということ。どんなことも、あとで笑えるように、ポジティブにいこう、って。元気が一番、みんなにはそれはあるし、笑顔もステキ。そして、いつの日か、今よりももっと輝いているみんなとあえるのをここにいる人たち、そして、私が楽しみにしている。みんなのおかげで元気をもらって、やってこれた。あえたことを本当に感謝している、ってことを話した。
 生徒は静かにきいてくれていて、ほんとうに私はこのうえなく幸せなんだって思った。こんなステキな仕事ができたなんて、なんてラッキーなんだろう!?
 おわったあと、明日の連絡をして、みんなで写真を撮った。生徒がにやにやしながら、いない間にみんなにかいてもらうの大変だったんだから、って声をかけてきた。いつまでも帰らないんだもん、って。じゃあ、早く帰った方がよかった?ってきいたら、そんなこといってないでしょ、って。現地校の先生には、私が生徒を好きなのがわかるし、生徒もあなたを好きでいるのがよくわかるっていわれた。みんなとわかれたあと、遅刻だったけど、真向かいの校舎で、英語の授業を受けた。ヒアリングが全然ダメで、へこんだぁ。それから、家に帰って、隣の家で、ごはんをごちそうになって、夜、寝る前に、プレゼントとカードをあけてみた。プレゼントは、私がカッコイイ!といっていた、カリスマシェフの本だった。一度くらいしか話をしていなかったのに、ちゃんと生徒は覚えていてくれて、喜ばせようとしてくれた。その気持ちがものすごくうれしかった。そして、カード。A3の大きいカードに、ヨットの絵が20個。そこに20人のメッセージがのってきた。大好き、って言葉や、NZ最高!ってかいてくれたのが本当に本当にうれしかった。胸が熱くなるってこういうことをいうんだな。

25/02/04 Wed. 先生志望

朝、忙しいところに、Janから連絡があって、息子が急病でどうしてもいかれない、とのことだった。結局、他に先生もつかまらないので、私が手伝いながら、Trudyにがんばってもらおう、ということになった。Janクラスの生徒はものすごく残念そうだが、同時に、みんなが一緒に授業というのも新鮮でよかったようだ。Trudyも体調をくずしていて、今日の授業もしっかり計画していたのに、わざわざ、みんなを裏のブッシュウォーキングにつれていってくれて、カリキュラムを変えてくれた。帰ってきて、NZの植物や動物について、二人一組で調べて、それを発表、というのをやってくれた。作業中、Trudyも忙しそうなので、間違ったことを教えないように、とドキドキしながら、お手伝いをした。英語で、この本を調べてみたら、とか。みんなが一生懸命しらべているところをみて、教える仕事って大変そうだけど、その分楽しいだろうな、と思った。B5の大きさのできあがりを束ねて、一冊に閉じてくれた。TrudyはTraditionalな先生だけど、ものすごくいろいろ考えてくれて、Janと別の意味でいい先生だった。午後からは明日にむけてラストスパート!

18/02/04 Wed. 演劇部、再び!?

 授業時間以外はもっぱら生徒達はフェアウェルとスポーツで頭がいっぱいになっている。フェアウェルでは金八先生でやったらしいソーラン節と、私の提案で実現となった、ある学生の1日という演劇にほとんどの生徒が参加する。放課後、その劇の配役をきめた。そこで、演劇部の女の子が爆発。演出をするなら、こうして、ああして、という、結構強い口調で、みんながひいている。一対十九になっている。あまり口出ししない方がいいのはわかってるけど、あえて、みんながわかりやすいように、演劇の話。演出とはなにか、みんなはこれに納得しているか、etc・・・。みんな結構なるほど、ってきいてくれて、その場はおさまった。そのあとは、みんなそれぞれ参加演目を練習。結構熱が入ってきている。ものすごく楽しみだ。もう何をいっても無駄だし、私も意味がないとわかっているので、5時までつきあって帰ってきた。メールをチェックしたら、真奈美からメールがきてた。やっぱり、日本に帰るっていうのはどういうことかわかった。ちょっと元気になったみたいだからいいけど。それにしても、ネット万歳!って感じ。

17/02/04 Tue. 私、結構モエてるかも!

 やっぱり、いろいろ考えて、ちょっとの投資で、そのあとの計画立てれるんだし、とおもって、IELTSコースを申し込んだ。アカデミックをうけるんだから、その方がよかったのかもしれないけど、基礎をしっかりしようとおもい、Generalを受講してみた。毎週火・木2時間、8週間なので、一回10ドルちょっと。
 アサイナーから電話。土曜日朝仕事。起きれるかなぁ。そのまま、3月で会社をやめようと思う意志を伝えてみた。保留にされた。やっぱり、最低4月までやってほしいって。なんか、お金の問題もあって、ネイピアムリして行くよりも、こっちで地道に勉強したほうが身になるような気がしてきた・・・とりあえず、もうちょっと考えてみることに。
 昼休み、バレーボール大会かと思い、生徒を連れていったら、バスケ部が練習してた。おいおい、話ちがうじゃん、と思いながら、生徒の期待の目を背中にうけて、コーチに半面つかわせてもらえるように交渉・・・お、かしてくれるって。というわけで、バスケすることに。私も参加。人生で一番バスケをやった日だった。走った、走った。ボールもさわれた。うーん、みんなやさしい。シュートうてなかったけど(笑)
 夕方の練習をみて、会話を聞いて、もう生徒達を無理矢理追い出すのはやめようと思った。甘いかもしれないけど、この子達も18なわけだし、ちゃんと夕飯までに帰るというのは守ってくれるだろう。私にばればれな発言をして、近くのショッピングセンターでおやつをたべていくのがわかったので、先回りして、一緒にたべた。やっぱり、楽しい。
 時間があまったので、いつもの桟橋に車をとめて、ゴスペラーズ聞いて、また学校に戻って、IELTSコース受講。結構簡単そうだ。私よりほとんどが年上だし、韓国人がクラスの半分だけど、そのほかは国籍割れてるし、なんてったって、日本人が私だけ!先生もIELTS教えるのが得意みたいだし。基礎だけど、いい刺激だ。このあとどうなるかわからんけど。
 帰ってから、同じ学校担当で、別の現地校にいってコーディネーターしてる友達と電話。トラブルがあって、すごくへこんでた。おとなしい女の子が、先生が嫌いという理由で授業ボイコット。好きにして、といいたいが、日本はそういうのを嫌がる。誰のせいでもなく、本人の問題なのはわかってるけど・・・。一時間くらい話して、授業をぬけさせて、時間をかけて、本音をきいたらどうか、と話してみた。生徒達みんながハッピーであと一週間強過ごすことができますように。

16/02/04 Mon. やっぱりこれかも!

 昨日はいつになく、まじめーな日記だ。結構いいかげんなときとそうでないときの波が激しい。
まだへこんでいるけど、それでも月曜はやってくる。がんばって学校にいった。生徒達にできるだけ声をかける。みんな楽しい週末を送れたようだ。
 職員室で、日本語で話しかけられた。日本語の先生だったので、授業をみせてほしいといったら、いきなり午後みせてくれることになった。昨日日本語教師やりたい!と思い立って、なんてさい先のいいスタートなんでしょ。それまではレポートかいたり、英語の勉強をしていたり。モーニングティの時間は、英語の先生と話をする。30分弱だけど、毎日ネイティブと話せるのでよい。
 また勉強して、お昼食べて、いよいよ日本語の授業参加。4限目はyear13(最上級生)。最初、アシスタントの日本人の人が、おじぎについて話をした。これが、文化の紹介かぁ・・・そのあと、日本で英語の授業をうけてるのと一緒で、テープをきいて、読んで、問題答えて・・・今日のお台は季節。日本は北半球で、ニュージーランドは南半球だから季節がちょうど逆です。みたいな。ちょうど、とよむところをちょっとと読んだ生徒がいて、これはおおきな違いですとkiwiの先生が説明してる。その先生もいわゆる外人日本語だけど、日本もかわらないなぁ、と思った。違うところは、ひとつひとつ生徒の揚げ足ともとれる発言にきちんと答えてあげてるところ。受け皿が広い、というか、いい加減、つっこむのはやめろよ、といいたくならないのだろうか。
 次はyear11だった。今日は形容詞だった。教科書みせてもらったら、とても興味深い書き方だった。おおきい→おおきくてというのは [ i adj take い add くて] とかいてあった。さいしょ i adj ってなんだかわからなかったけど。最初ここでつまづくんだろうな、って思った。year13は日本語で先生は結構話していたけど、year11はほとんど英語だった。でも、日本語の文章を読んで、英語の質問に英語で答えるのを必死で解いてた。アシスタントの人は、このときみてまわっただけ。その人には悪いけど、高いお金出して、アシスタントボランティアってこんなんだ、って思った。最初のおじぎの説明はものすごくがんばっていたけど、あとは聞いてるだけだし。アシスタントボランティアは参加するのはやめようと思った。これだけでえらい収穫だ。
 夕方、生徒たちのフェアウェルの準備が遅くなった。5時には帰れ、といってつきあっているのを、すぎたうえに、一人の生徒が泣いてしまった。自分が一人でリーダーであらんとして、みんなは楽しそうなのに、自分はそうではない、という疎外感を感じてしまったらしい。まるで私をみているようだ。ほっとけないので、そのまま少し話したら、他の生徒達は心配で残っていた。ちゃんとホストファミリーにいっていないうちもあったので、携帯めちゃつかって電話をする。その時点で私は甘いな、って思った。結局、泣いた生徒を送るために、車をとろうとしたら、別の生徒がバスケやっているのをみて、30秒くらいだけど、マジギレした。1ヶ月半、私がいいつづけ、さっきも遅いから帰れ、といったのを聞いてなかったのかって。私は本来3時30分に帰っていいはずなのを、生徒達もがんばっているので、5時までつきあっている。それをいわないけど、甘すぎた。
 泣いた生徒をおくって、ダッシュで着替えて、ぎりぎり間に合った。今日から、コミュニティのヒップホップクラス。日本人がもうひとり、あとkiwiの若い子で、私入れて8人。ジャズのステップとかいれてて、最初はたいしたことないかも、と思ったけど、音楽入れるとついてくのが難しくて、結構楽しかった。一緒に受けてる子も感じがいい子であと7回楽しそうだ。
 帰ってきたら、怒った生徒の一人が反省の電話をかけてきた。いい子だ。他の二人もかなり反省していたようだ。私ってそんなに怖いのか、わからなかったけど、素直な子たちが多くて、あと2週間でお別れというのが信じられない。やっぱり、これかも。生徒とふれあう仕事がしたい。職種は限定できないけど、日本語教師とか、カウンセラーとかをやってみたい。人生を変えれる仕事って責任は重いけど、どんな人も多かれすくなかれ、そういうことをしていくわけだし、自分が一番いいと思ったことを一生懸命やっていればいいんじゃないかな。そうだよね、って聞ける人は今頃日本でもとの日常を過ごしていると思うので、次会えたときに聞いてみたいと思う。

15/02/04 Sun. 突然HPを再開させたわけ

 私はおとといNZの生活を、仕事を考えさせられる人に出会った。
 その人は、たまたま、商用できていて、私がまだNZにいるかなってメールをくれて会うことができた。ネットを通じて3年前一度お会いした人で、自分がNZにくるのがほぼ具体的になっていた時で、いろいろ、不安や楽しみを語っていたような気がする。
 その人は、留学生活を経て、いまやかなり大きい留学関係会社で仕事をされていた。
 正確にはどれくらい留学されていたかは知らないけど、私と一つしか変わらない人に、ものすごい疑問をぶつけられた。
 「これから何をしたいの?」
 そう。私は、やりたいことを探しにNZにきて、まだみつかっていないことを、たった一回しか会ったことがないひとに指摘された。
 食事をしながら、いろんなことを聞かせてもらった。私は人と話すときは、たいてい、私の方が話しっぱなしなのに、全然言葉がでてこない。
 今、スクールコーディネーターという仕事をさせてもらっている。ある高校の語学研修のお世話をやる。体調はどうだとか、ホストファミリーとはうまくいってるか調節をしたり、アドバイスをする仕事だけど、2回目のわりには、結構エージェントには買ってもらっているし、生徒達も懐いてくれている。だから、こういう仕事を漠然とやりたいと思ってた。そんな私に
 「人生20人分、預かっているんだよ」
 ものすごく、ほんとうにものすごくショックだった。仕事に対しての責任、自分のスタンス・・・一生懸命やってきたつもりだけど、でも、「まだまだ」だって気づいた。同時に、逃げ出してしまいたい気持ちも芽生えた。それは、何に対してもそうだ。人は流されるっていうけど、自分が本当にやりたいなら、その中でやれるはずだ。もちろん、限界はあるけど、努力なしでは、前には進めない。
 残念ながら、自分のわがままで、その人とは残念な別れ方をしてしまったけど、どうしても、その人ともう一度会いたい。その人にメールを出して、何も考えずに眠ってしまいたかったけど、できなかった。起きて、自分のやりたいことをもう一度考えてみた。
 彼はまさに冷静と情熱をもった人だった。私は彼のように、将来独立しようとか、そういう事は思わない。だけど、自分の哲学をもって、夢を叶えるための情熱と、それに向かっての冷静さを私も持ちたいと思う。
私の夢は一つ果たされた。海外でガイドをするということ。でも、それがすべてじゃない。一生やりたいと思う仕事ではなかった。だから、卒業する時期が来たんだと思う。1年のつもりが、運良く3年過ごせた。車の免許もとれた。でも、それで終わっちゃいけなかったんだ。やりたいことはいっぱいあった。どこから手をつけていいかもわからないし、本当にやりたいかもわからない。そうやって先に延ばしているのは逃げていることに気づいた。
 今日、早速起きて、いろんなことを調べた。やっぱり、行き詰まって、息詰まっている自分がいる。今の自分のやりたいことを考えた。一番最初に思ったのはその人に認めてもらうことだった。続けた方がいいよ、っていってくれたHPを再開するところからはじめようと思った。
 私がHPをはじめてなかったら、その人と会うこともなかった。これからも、もっと刺激的な人に出会いたい。自分が目を背けてきたこと。ガイドもそこそこできるようになった。でも、まだまだ。海外にいて、感じることもいろいろあった。でも、まだまだ。これで十分、って思ったら、それは終わり。そんなことにも気づかなかった。
 ニュージーランドって、ワーホリって、仕事って、・・・知ってもらいたいと思って始めたんだから、最後まで、がんばらなくっちゃ。
 そして、今日立てた目標。とりあえず、目先だけど、日本帰るまでにTOEIC800。英語はどこでもついてまわる。そして、やっぱり、人と接する仕事につく。経験をいかしたいのもあるけど、自分が好きなことをしたい。難しいけど、日本語教師に挑戦してみようと思う。ムリ、って思わないで、とりあえず、進んでみます。やりたいことができたなら、そのときにまた軌道修正すればいい。キャパシティを広げるのはものすごく大変だけど、そこを越えないと大きくならない。それをどうするか、って緻密に、そして楽しんで過ごすことが重要。
 きっと、彼はこのページを読むこともないと思うけど、もし、読んでいたとしたら、あなたは、私の人生を変えました。いつまでも、終わらない情熱と冷静があなたにありつづけ、そして、私の目標の一つでいてほしいです。あなたがいってくれた「まゆみんならできる」って言葉を信じて、あなたに会える日を心から楽しみにしています。願わくば、もう一度、心から楽しく有意義な時間が過ごせますように。